師匠シリーズ 贋作 Archive
師匠の帰還
- 2008-09-28 (日)
- 師匠シリーズ 贋作
299 :本当にあった怖い名無し :2008/09/12(金) 17:46:46 ID:/54tcMjC0
師匠の帰還
臭いなあ。
そう思いながら俺は借りたい本を探すためその浮浪者のそばを通らざるを得なかった。
しかしあまりにも臭くて探し物に集中できない。
浮浪者は熱心に分厚い小説を読んでいるようだった。おそらく涼みに来ているのだろう。
もしかすると閉館までここで本を読む生活を送っているのかもしれない。
優雅だよな。でも臭いんだよ。
ふと目を浮浪者に向けると、ひげがだらしなく生えているその顔に見覚えがあった。
師匠だ・・・。
あまりにも驚いたため俺はいったん図書館を出た。
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夢の中
- 2008-09-28 (日)
- 師匠シリーズ 贋作
216 :夢の中 1/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/26(火) 23:58:46 ID:/gda+Pvi0
試したいことがあるから来い、と言われて
ある日師匠の家に行った。当時はしょっちゅうだったけれど。
師匠は真っ暗な部屋に胡坐をかいていた。なんだかぼーっとしていた。
「どうしたんですか」
師匠はせんべい布団の横のルームライト一つだけをぱちりとつけて
眠そうに目をこすってから話し始めた。
こんな話を知っているか、と。
「・・・まあよくある話だよ」
友達が朝青い顔で学校にやってくる。
どうしたんだ?と話を聞くと怖い夢を見たんだ、と言う。
夢の中で誰もいない山の中に居て、ひどく寒い。
帰りたいと思っていると山の上から恐ろしいヒトが降りてくる。
そいつが○○を探して来い、見つけられなければお前を殺す、と言う。
必死に探す。湧き水の中、草木の根元・・・
見つけられないままに朝を迎えてしまった。
そんなのただの夢だ、と友達を励まして一日を終える。
その夕方、その友達が突然死んだことを知らされる。
そしてその夜、自分もまた夢で山の中にいて、○○を探せと言われる…
217 :夢の中 2/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/26(火) 23:59:44 ID:/gda+Pvi0
「それって猿夢じゃないですか」
「そうそう。君に見てもらおうと思ってね。その夢を。
もし見つけられなかったらどうなるのかなって」
なんで自分でやらないんすか、と言うと
やったんだ、と返って来た。
「聞くだけ聞いて、何個かは実際に見たよ。でもね、
歩くが電話を掛けてきてしまうんだ」
電話がかかってくるのが夢の中でなのか現実なのかはわからなかったが、
とにかく師匠が試そうとするとちゃんと歩くさんが妨害するらしい。
俺はこの二人の間にあるよくわからない愛情の一端を見た気がした。
「だから、寝て。○○を見つける前に起こしてあげるから」
「ここでですか?」
「ちゃんと起こさないと、жЮ◎*@☆ゞШ%▼だろう」
「???」
「¨$:ёг℃□+《〆だろうって」
「なんですか?」
「聞いてるか?」
「はい。聞いてますけど・・・
さっきから聞き取れなくて・・・」
「○○だよ」
「??」
「○○」
「 ○ ○ 」
今思い出してもあれは不思議な感覚だった。
何度繰り返して、ゆっくりと大きな声で師匠が言っても
俺にはそれがなんなのか最後までわからなかった。
半ば無理やり布団に入らされて、
師匠がなんだか古くて薄ぼけた本を
ルームライトの黄色くて安っぽい光の中で読んでいる横で
仕方なく俺は眠った。呼び出されたのもそもそも夜中だったのだ。
218 :夢の中 3/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/27(水) 00:00:41 ID:/gda+Pvi0
目を開けると真っ暗な空間が目の前に広がっていた。
アレを探さなくちゃいけない。
何を探さなくちゃいけないんだ?
師匠の話ではどうなってたっけ。
怖いヒトがやって来て…
暗闇の中で誰かが動く気配がした。
ああ。来たんだ。
「何を探せばいいんですか」
寒い。風がとても冷たい
「○○を探せ」
何?聞こえない。やっぱり聞こえない。
「○○って何ですか?」
「探せ」
困る。そんなのはひどい。何を探せばいいのかわからないなんて
しかもこんなに暗い
これじゃ何かを探すどころか、どこに何があるのかさえわからない
ぱちん
急に明かりがついた。
蛍光灯のゆらゆらと揺れる下で、師匠が顔を強張らせて俺を見下ろしていた。
「…夢を見ていたんだろ?」
急な光で目がチカチカした。
「夢…なんか中途半端で…あの…『何か』探すところまで
いかなかったですよ」
ははははは、と急に師匠が笑い出した。
「え?」
219 :夢の中 4/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/27(水) 00:02:27 ID:ZM8gxYlY0
はっとして周りを見た。師匠の部屋じゃなかった。俺の部屋だった。
俺は俺の部屋で俺の布団の中にいた。
「俺師匠の家で寝ませんでしたっけ?」
いつの間に帰ってきたんだろう。師匠が運んだとも考えづらい。
師匠はにやにやといつもの「大変興味深いものを見つけました」という顔をして
何も言わずにそのまま帰ってしまった。
俺ももうなんだかめんどくさくなってそのまま寝なおした。
220 :夢の中 5/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/27(水) 00:04:10 ID:/gda+Pvi0
目が覚めると朝だった。結局○○ってなんだったのかな?と思いながら
バイトに行き、帰り、夕飯を食って一日が終わったところで
師匠から電話がかかってきた。
「今から試したいことがあるから来い」
やれやれ、またか。と思った。
「昨日の今日じゃないですか。猿夢の次は一体なんですか?」
電話の向こうで師匠が軽く咳をした。
「猿夢か。夢に出てきたか?」
「いや、師匠が帰ってからは出ませんでしたし、夢も…
そういえば夕べはどうしたんですか?
俺、師匠の家で寝ましたよね。
師匠が俺をわざわざ運んでくれたんですか?」
くくくっ、と電話の向こうで師匠が笑った。
「俺から猿夢の話聞いた?」
「聞きましたよ。何言ってるんですか
自分だと歩くさんが邪魔するから君で試すんだって言って…」
「俺まだ君に猿夢の話、してないんだよね」
は?
「君、また一日やり直してるでしょう。
君や歩くみたいな人はね、カレンダー見ながら生活しろよ」
「そんな…じゃあ昨日は…師匠俺の家に来ました…よね?」
師匠はしばらく黙りこくっていた。
ふふふ、とくぐもった笑い声が聞こえた。
「君の夢はどこからどこまでなんだろうね」
221 :夢の中 6/6 ◆XnSHXsXstA :2008/08/27(水) 00:05:21 ID:/gda+Pvi0
師匠が消えてしまってから時々心配になる。
全部夢だったらどうしようって。
ある朝目を覚ましたら、師匠の思い出が全部夢になっているんじゃないかって。
もちろん、悪夢そのもののような人ではあったけれど。
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笑い男
- 2008-09-28 (日)
- 師匠シリーズ 贋作
160 :1 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:21:54 ID:DJ+oY19e0
「響子、笑い男って知ってる?」
窓際の席でカーテンに包まって寝ていた私の耳に響いた。
寝ぼけ眼を擦りながらカーテンを開けるとクラスメイトのヨーちゃんがいた。
「えっ、なんだって?」
「だから、笑い男!」
「あぁ、サリンジャーの小説だっけ?」
「なにそれ? それじゃなくてほら三丁目公園にいるアレよ、アレ」
『三丁目の笑い男』といえば、私の高校で最近流行っている都市伝説だった。何時の頃か
夜遅くに三丁目の公園に怪しげな男が現れるというのだ。その男は見る者に危害を加える
訳でもなければ、物を壊す事もない。ただ居るだけなのだが。その姿があまりにも異常な
のだ。男は1人で笑っている。携帯で誰かと話している訳でもなく、何かを読んで笑って
いる訳でもない。男は焦点の合わない目線でずっと笑っているのだ。だから、いつの間に
かその男の事をいつしか誰もが『笑い男』と呼ぶようになった。
「それで、その笑い男がどうしたの?」
「死んだらしいよ」
それは初耳だった。噂が噂を呼んでいつの間にか私の中では「笑い男」は何処かファンタ
ジーの産物のような存在になっていたが、21世紀の現代。やはり笑い男も蓋を開けてみれ
ばただの人か。
亡くなった事へは少しも悲しくは無かったが、まだ見ぬ笑い男を現実に引き戻された事に
寂しさというか虚しさを感じた。
ヨーちゃんの話は続く。
「なんかね、部活の先輩が駅前で他校の男子にフルヴォッコになってる笑い男を見たんだ
って」
「ほうほう。その結果死んだわけだ」
「いや、分かんない。ただその先輩の友達が言う事には、笑い男は元はちゃんとしたサラ
リーマンだったんだけど。美人局に遭って全財産奪われちゃったんだって。それで自暴自
棄になって橋から飛び降りたら打ち所が悪くて死ねなくて、その代わり後遺症で表情筋が
痙攣したままになっちゃったんだって。そんで……」
「ほう」
「あれ、もしかして響子は興味なし」
「ごめん、全く」
161 :2 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:22:39 ID:DJ+oY19e0
そう言ったものの、始まりも終わりもない平凡という平坦な道を歩く極々普通の女子高生
の私は、狂うこと無き「日々」に出来た亀裂のような「ひび」を触らずに通り過ぎる事は
できなかった。
帰り道を大きく逸れた場所にある三丁目公園は、とても死体があるように思えないほど平
然としていた。いつも『笑い男』が座っていると言われている椅子の周りも荒らされたよ
うな形跡は無く、その場に居合わせたサッカーをする小学生達に訊ねても『笑い男』が殺
された事は知らないようだった。
どうやら、ヨーちゃんはガセネタを掴まされたようだ。まぁ、死んだ事をヨーちゃんは確
認していなかったようだが。
「ちょっといいですか?」
背後から急に声を掛けられて、振り返るとメガネを掛けたひょろっとした男の人が立って
いた。
「君はここら辺に住んでいる?」
「ナンパ? それともスカウト?」
「いや、そうじゃなくて……人を探しているんだ」
「彼女? 未来のアイドル?」
「そうじゃなくて……笑い男って知ってる?」
「サリンジャーの?」
「いや、ソッチじゃなくて」
そうなると、私の中で笑い男を示す存在は一つになる。知っているといえば、噂だけ。そ
んな私は知っていると言って言いのだろうか。
「それで、笑い男は今何処に?」
男は何十年も文通していた相手に始めて逢ったような態度で私の肩を掴み訊ねた。
「いや、知りません」男の突然の行動に声が引きつる。「それに笑い男は死んだって…
…」
「し、死んだ!?」
162 :3 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:24:04 ID:DJ+oY19e0
マジックアワーが過ぎて宵闇が迫ってくる時間になり、公園のライトが自動で点灯する。
私といえば、笑い男を捜す男に付き合わされて公園で笑い男の帰りを待っていた。
笑い男という言葉以外接点の無い私達は会話が無い。お笑い芸人ではない私なのに一刻一
刻と続く沈黙が罪のように感じ、私は重たい口を開く。
「何故、笑い男を捜しているんですか?」
男は焦る気持ちを堪えるように噛んでいた親指の爪から口を離して目線を下げた。
「笑い男についてどのくらいご存知ですか?」
「いや、あまり、興味が無くて……。美人局に騙されて借金苦に自殺しようとしたが失敗
した男という事を友達から聞いたくらいで」
「それは間違ってますね。笑い男はある大学の学生だったんです。笑い男は無類のオカル
ト好きでいろいろな心霊スポットに出かけては霊を馬鹿にするような悪さばかりしていた
んです。そんな事をすればいずれこうなる結果を分からない人じゃないハズなのに!!」
男は頭を抱えて呻り声を鈍く上げる。
話が読めない。私は首を傾げ、ふと思う。
何故笑い男は帰ってこない。笑い男の目撃数はこの公園が一番多い。そして目撃時間はほ
ぼ夕方から深夜である。しかし、未だに笑い男が現れない。
そうなると、答えは絞られてくる。
その一、笑い男とは所詮噂で実在しない人物。
これは、目撃率や噂の多さから可能性は低い。
その二、実在していたが現在は実在していない。
これはヨーちゃんから聞いた噂から、既に亡くなっている。という話である。そうなれば、
いくら待っても笑い男は現れない事の理由が付く、しかし、笑い男が死んだという確証は
まだ無い。
その三、笑い男はねぐらを替えた。
その四、笑い男は今日たまたま道草を食っている。
その五、私は笑い男の詳しい容姿を知らない。横に笑い男がいてもそれを笑い男だと認識
出来ない状態であるという所から推測して……。
163 :4 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:24:50 ID:DJ+oY19e0
薄氷の上を歩くような繊細な動きでその場を去ろうとする私に、携帯の音がけたたましく
鳴る。本当にタイミングが悪い。
男は電話に出ない私を不審そうな顔で見ているので渋々その場に居座り携帯に出る。
「もしもし、響子? やっぱ死んだらしいよ」
「えっ?」
「今ね、先輩達と一緒にいるんだけど。ほら、中学の時に権藤っていう奴いたじゃん。卒
業式の後に担任殴り飛ばして二階から突き落とした。アイツ」
そういえば、そんな奴がいた。権藤周作とかいう名前で中学時代、父親から習った空手と
170を越える巨体でこの時代に『番長』と呼ばれていた男だ。
「権藤がね、轢き殺しちゃったらしいよ」
「まって、ヨーちゃん。笑い男は他校の男子に袋叩きにあって、それが原因で死んだんじ
ゃなかったの?」
「だからね、先輩に聞いたのよ。そしたら、それじゃ死ななくて、ボロボロになっても笑
い男は生きていたんだって。そんでいつもの三丁目公園に帰ろうとヘラヘラ笑いながら交
差点を渡っていた時に、信号無視をした権藤の車とクラッシュしてさぁ」
「死んだと……」
「らしい。先輩は車にはねられて空を飛ぶ笑い男見たんだって!! 凄くない?」
何がどう凄いのか……。
私が返す言葉を探している内にヨーちゃんは満足したのか勝手に電話を切ってしまった。
私の声とヨーちゃんの高揚した声は静寂な公園では盗聴器を使用せずとも内容が聞こえた
ようで男は私の腕を掴み電話の内容をせがんだ。
男は怯える私の腕を締め付ける。
「い、痛い。離して」
「なら、早く話せ」
男は笑っていた。口角を吊り上げて下賎な笑顔を浮かべていた。
164 :5 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:26:17 ID:DJ+oY19e0
私の話を聞いた男は何かをブツブツ呟きながら街灯の無い足を運び闇の中へ消えていった。
それから、数日後、権藤の家が放火された。
深夜遅くの出火ということもあり、夜勤の仕事をしていた権藤周作の兄、権藤健作を残し
て家族一同焼死したと新聞で知る。
その日の朝は新聞を持ったヨーちゃんが得意そうに私の前に登場した。
「知っているよ。権藤の家が燃やされたんでしょ」
「うふふ、じゃあ犯人は?」
「それはまだ逮捕されてない、捜査中でしょ。」
「甘いなー、響子ちゃんはアメリカの砂糖菓子並に甘いよ。この犯人ね。あぁ、誰にも話
しちゃダメだからね。ココだけのアフレコだよ」
「それを言うならオフレコでしょ、わかったわかった」
「この犯人は笑い男って知ってた?」
「ヨーちゃん、笑い男は権藤に轢き殺されたんでしょ。まさか呪いで権藤家は燃えたって
いいたいの?」
「まだまだ甘いねー。微糖って明記されている缶コーヒー並みに甘いよ」
「笑い男は生きてるって事?」
「そうみたい。噂だと三丁目公園で逢えるらしいよ」
165 :6 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:28:20 ID:DJ+oY19e0
私の第六感が笑い男に関わる事を拒んでいた。このままだときっと歪んだ世界に身を投じ
る事になる。悲しむで済まない涙を流し、怯えるで済まない恐怖を感じ、喜ぶで済まない
笑みをみる事になる。
しかし、好奇心は猫を殺す。鶴の機織りを覗いたおじいさんを非難できる者はいない。
放課後に入った私は三丁目公園へと足を進めていた。
日の暮れた公園には、先日出会った男が微笑みを浮かべながら立っていた。
「おやおや、君はこの前の女子高生じゃないですか」
「お、お久しぶりです」
「なに、強張っているのかな。そうだ、君にも話しておこう。僕は笑い男に出逢ったよ。
君の友達が言った話はやっぱり嘘だったようだね。笑い男は僕の捜していた人だったよ。
彼はとても弱っていてね、僕は彼と一緒にこの町を出ようと思うんだ。彼はこの町にあま
りいい思い出がないようだから、もっと自然の溢れた場所で彼の体調の回復を待ちながら
暮らそうと思うんだ」
「そうなんですか」
「寂しくなるね」
「いや、私達そんなに長い付き合いしていないじゃないですか?」
「そうだったね」
「嬉しそうですね」
「そりゃそうだよ。彼とはね、大学時代に出会って彼からいろんな事を教わったんだ。で
も、僕は彼に何もして上げられなかった。昔の僕はとても無力だったんだ。でも、今は違
う。今度は僕が師匠を助ける番だからね」
「はぁ、それでその『彼』というのは?」
「ほら、そこのブランコに乗ってる人がそうだよ」
笑顔
「えっ?……あぁ」
「それで、君はこの公園に何をしにきたのかな?」
「いや、帰り道なんで、もうすっかり暗くなってしまいました。帰ります」笑顔
笑顔笑顔「そうだね。1人で帰れるかな?」笑顔笑顔
「大丈夫です。それじゃ」
私は男の視界にいるうちは自然を装って歩みを止めずに歩いた。十字路の角を曲がった瞬
間、息を吸う事を止めて全速力でその場を走りどこか人の大勢いる場所まで走り続けた。
166 :7 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 02:29:44 ID:DJ+oY19e0
200メートルいや400メートルは走っただろうか。
コンビニの光に救いを求めるように入ると店員に何も言わずトイレに篭った。
そして深呼吸を繰り返して脳みそに酸素を送る。
私は狂っていない。
私は正常だ。五体は満足に存在する。私は今日の日付も、明日の日付も分かる。家の電話
番号も、住所も、中学時代好きだった男子のフルネームも言える。私は昨日と同じ私だ。
極々普通で平凡な毎日に嫌気を感じていながらもその生温い日々に安心と怠惰を感じてい
る普通の女子高生だ。私は私、変わってはいない。
なら、狂っているのは男の方。
公園で男が指差した先には確かにブランコはあった。
しかし、誰もブランコに乗ってはいなかった。ブランコ周辺も薄暗かったが人影は見えな
かった。
なら、男の言う『彼』って。
男の笑っている顔が脳裏から離れない。個室に逃げ込んでいるはずなのに何処かで私をあ
の笑顔で見ているような気持ちになる。悲しくないのに涙が溢れ私はその場にへたり込ん
でしまう。もうダメだ。何が壊れているのか分からなくなりそうだ。
私はポケットに仕舞いこんでいた携帯を取り出し、ヨーちゃんを呼び出す。
167 :8 ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 03:18:23 ID:DJ+oY19e0
扉が開く。
「もー、どうしたのよ。失恋でもしたの?」
「そ、そうじゃなくて……笑い男がっ」
「そっかそっか、お子様の響子ちゃんには笑い男は刺激が強すぎたのかな?」
ヨーちゃんは私の頭をポンポンと撫でるように優しく叩く。
「くぅ、子ども扱いすんな」
「響子は子供じゃん」
「ばかぁ」
「1人で立てるかな?」ヨーちゃんは手を伸ばす。
その手を掴んだ時、私が久々に人の温もりを感じた時、きっと世界は正常で、そう感じら
れる私もまだ正常だと思った。思い込んだ。
帰り道、ヨーちゃんは今までと打って変わって笑い男の話題を一切出さずに、部活の事や
最近観たTV番組の事。友達の恋愛についての事など、当たり障りの無い会話を沈黙を恐
れるように矢継ぎ早に話した。私は今だに高鳴る心臓をぐっと押さえながらヨーちゃんの
話に出来るだけの相槌を打ち続けた。
どれも不毛な会話で、何度か聞いたことのあるような会話で、小説の題材やサイコロを振
って松本人志に○○な話をしろ!と言われても喋るに値しない話ばかりだった。
168 :9/ラスト ◆bni6ZMhjcc :2008/08/20(水) 03:19:32 ID:DJ+oY19e0
数日後。
カーテンに包まれたまま居眠りを決め込んでいた私の耳に前の席の会話が聞こえてくる。
「笑い男が死んだらしいよ」
私はその場を立とうかと思ったが、その行動よりも早く前の席の会話は進んだ。
「知っている。アレでしょ。先週の月曜に駅前で誰かに刺し殺されたんでしょ。この前観
にいったら、血と笑い男が掛けていたメガネのレンズの欠片が散らばっていたよ。」
今まで黙っていた女が慌てた声で反論する。
「マジで?! じゃあ、昨日観たアレはなんだったんだろ?」
「なになに?」
「昨日三丁目の公園で笑い男を観たんだけど。あれは幽霊?」
「うわぁー、呪い殺されるよ」
「ちょっと、冗談でしょ。あれはどう観ても人間だったし、それにどことなく権藤のお兄
さんに似ていたような……」
会話を遮るようにチャイムがなり、前の席の集会はいそいそと解散した。
たしか、従兄弟が持っていた攻殻機動隊に登場する『笑い男』のシールにはこう書いてあ
ったけ。
『I thought what I’d do was, I’d pretend I was one of those deaf-mutes(僕は耳と
目を閉じ口をつぐんだ人間になろうと考えた)』
私は考える事を止めた。
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闇の中
- 2008-09-28 (日)
- 師匠シリーズ 贋作
79 :不在者 1/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:46:44 ID:QgaqmrYW0
今でもごくまれに幽霊を見かけることがある。
雑踏の中、車窓、だれもいない路地裏…
他に人々がいても、彼らに気づいている様子はない。
俺だけに見える「何か」。
2回生の春休み、叔父から
事務員の子が怪我をしてしまったので
2週間ほど事務所の電話番をしてほしいと言われ
楽なバイトと思って引き受けた。
電話番と言っても営業所の留守番というのが正しいくらいで、
社員の人たちはみんな外回りに出てしまって夕方までほとんど戻ってこない。
そんなに頻繁に電話がかかって来るわけでもないし、
事務の処理なんかも幸い怪我をした事務の人が大方やってしまった後で
本当に何もすることがなかった。
たまに戻ってくる営業の人の愚痴をちょっと聞いて、
伝票なんかをちょっと入力して、
あとは机につっぷして寝たり、無意味に積んである新聞を読んでいたりした。
5日目のことだった。朝事務所に来て営業の人を送り出し、
新聞やダイレクトメールを片付けて席に着いたとたんに猛烈な眠気に襲われた。
毎日夜中まで起きているからな…
睡魔に逆らえないままにうとうとと机に顔を伏せた。
気持ちのよい、吸い込まれるような夢のない眠りだった。
その時物音が聞こえた。
80 :不在者 2/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:48:11 ID:QgaqmrYW0
こつこつこつこつ
いけない。だれか入ってきたんだ。
営業の人が戻ってきたのかな。それともお客さんが来たんだろうか
起きなくちゃ
まぶたが異常に重かった。でも起きなくちゃいけない。仕事なんだから
のしかかるような眠気で指の先も動かすことができない。
やっと目だけ開けたが、まるでめまいのように天井が回って見え、
焦点を合わせることができなかった。
こつこつこつ
人の気配がする。事務所のエントランスからこちらに向かって来る
エントランスとこの事務の席の間には150センチほどのパーテーションがあり、
机に座っている俺の姿はまだ相手には見えないはずだ。
お客さんならエントランスで声をかける。営業の人が帰ってきたんだろう
でもまだ体が動かない。朝っぱらから寝ているところなんて見られるわけにはいかない
パーテーションの横に誰かが立った音がした。
「はぁはぁ」
息を切らせている。何か大切なものを忘れて取りに来たんだろうか
こつこつこつこつ。
部屋をぐるりと人の気配が歩き回る。1周。2周。
何をしてるんだ?探し物だろうか
確実に俺がこうしていきなり寝ていることはばれている。
そっとしておこうと思ってくれているんだろうか
体がまだ動かない
いきなり耳元で「ふふっ」と男の笑い声が聞こえた。
「す、すみま…せ」
その声でやっと眠気が抜け、体を起こしてあたりを見回した。
誰もいなかった。
81 :不在者 3/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:49:13 ID:QgaqmrYW0
夕方になって帰ってきた営業の人たちに
「朝戻って来ましたか?」と聞いてみたが
みんな戻ってないとのことだった。
気のせいかもしれないと思ってあまり気にしなかった。
翌日。
午前中の仕事を終えて昼休みの時間を待っていた。
するとまたすごい眠気が襲ってきた。
昨日に引き続きコレだ。ずるずると引きずり込まれるように
また俺は眠ってしまった。
そしてまた物音が聞こえて目を覚ました。
相変わらず体は動かない。石になったみたいだ。
誰かがエントランスから入ってくる。人が部屋の中をうろうろする気配。
かばんを開ける音が聞こえた。続いてファスナーを開く音
まずい。これは夢や気のせいじゃない。本当に誰か帰ってきたんだ
「あ、すみません…」
なんとか机から体を引き剥がすと
やはり誰もいない。
営業の人たちは今回も夕方まで事務所には戻ってきていないと言った。
82 :不在者 4/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:49:57 ID:QgaqmrYW0
そのまた翌日。
昼休みがもう少しで終わってしまうころ、あの眠気がまたやってきた。
昼休み中だし、いいか。10分くらい
休憩室の机に突っ伏して転寝をした。
またドアの開く音で目を覚ました。休憩室を誰かが通り過ぎ
事務所の中へ。ずいぶん早足だ。小走りというくらいに
誰か戻ってきたのかな。事務所で休憩を取るのかもしれない
休憩室を空けてあげなくちゃ
「もう、出ますから…」
いすから転げ落ちそうになりながらなんとか体を持ち上げ、立ち上がって
事務所に行くと誰もいなかった。
「これどう思いますか?」
「入眠時幻覚」
師匠にためしに話してみたら、予想通りの答えが返ってきた。
やっぱりそうですよね、と俺が首をひねると
師匠は
「だけどそうじゃないかもしれない。
例えば、貧乏そうな学生が眠りこけているのを見て
営業の人が起こすのも誰かに言いつけるのもかわいそうになって
そっとしてくれているのかも知れない。
あるいは君が寝ていることなんてどうでもいい人が
用事で黙って入って黙って出て行っているのかもしれない。
それに本当に『アレ』がいるのかも知れない」
と言った。
「いろんなことが考えられる。必死で起きていてみな。
だめならカメラでも仕掛けておけ。それで全部わかる」
83 :不在者 5/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:51:36 ID:QgaqmrYW0
カメラなんてその時は持っていなかったので、
カセットテープに撮ることにした。
ほんとうに人が入ってきているのなら、
俺の耳に聞こえたような物音が入るはずだ。
昼休みを終え、春の日差しがさんさんと降り注ぐ午後二時近くになって
その眠気はまたやって来た。
「で、どう思いますか」
師匠は一通り俺の撮ったテープを聞いてにやにやと笑っていた。
「かなり、いいね。行ってみたくなったよ」
テープには、俺が聞いた物音なんてめじゃないくらいいろんな音が入っていた。
まるでお祭りの喧騒の中でテープを回したみたいだった。
遠くから笛の音。大勢の足音。子供の声。会話する人々
何かがぶつかり合うかちゃかちゃと言う音…
『あ、すみません』
その中に俺の声が被さり、その途端その音の洪水はぱたと止まる。
がさごそと俺が体勢を整える音が続き、ストップ。
「通り道なんだと思うよ。君のオフィスが。
話を聞くとエントランスがここ」
師匠は言いながら握りこぶしを畳に置いた。
「そこからまっすぐ一本の廊下のように休憩室、応接室の横を通って
デスク。デスクの向こうは窓。エントランスから窓に向かって
『アレ』が通っていくんだ。
面白いと思ったのはね、君が寝る時間が1時間弱ずつ毎日ずれていくことだ。
引き潮に乗ってるんだな」
面白いな、と師匠はまたにやにや笑った。
「で、どうするといいと思いますか?」
84 :不在者 6/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:52:09 ID:QgaqmrYW0
師匠は「どうもしない」と言った。
「他に誰が気づく?お前の叔父さんが気づいてると思うか?
怪我した事務員が気づいていたと思うか?
引き潮ならもう少しでお前の就業時間から外れる。
具合が悪くなるわけでもない。
そうだろう」
そいつらがいたって一体他に誰が気にするんだ。
見えないやつにはそれは存在していないんだ。
存在していないんだから気にする必要はないだろう
師匠はそう言って、テープを持っていってしまった。
85 :不在者 7/7 ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:52:52 ID:QgaqmrYW0
師匠は失踪する間際、そこにもあそこにも霊がいるんだと怯えていた。
『いるだろう?何人いる?』
『大丈夫ですよ。何もいませんよ』
そうか。そうだよね
師匠はどう思っていたのだろう。
「見えないやつにはそれは存在していないんだ」
俺にとって存在していなかっただけで、師匠には存在していたのだろうか。
どこからが発狂で、どこまでがオカルトなんだろうか。
何も見ることのない人たちから見たら、俺もまた発狂しているのだろうか。
俺は今でもたまに幽霊を見かける。
師匠とそれを共有していたときを懐かしく思う。
86 : ◆XnSHXsXstA :2008/08/13(水) 01:57:44 ID:QgaqmrYW0
3個お話を投稿したら一旦終わりにしようと最初から決めておりましたので、
今回はこれでおしまいです。
私の拙文で不愉快になられた方々には申し訳なく思います。
また、最後まで目を通してくださった方、
まとめサイトに入れてくださった管理人さん、
そしてウニさん、どうもありがとうございました。
また思いついたら投稿するかと思います。
その際はどうかご容赦下さい。、
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闇の中
- 2008-09-28 (日)
- 師匠シリーズ 贋作
それでも返事は返らなかった。黙々と荷物を取り出している。
大きなのみと、金づち。クリーム色のタオル
この人は一体何をするつもりなんだ?
師匠は古びた縄をテントの周りにきれいな四角になるように木に三重に張り、
張り終えると呟くように
「ひとひろ、ふたひろ、みひろ半」
と言った。
「何ですかこれは?」
まだ午後5時を回ったところで、真夏だったのにすでにあたりは暗くなっていた。
山の空気は冷たく、虫のぷうんという嫌な羽音が耳を掠めていった。
かえるや鈴虫がそこかしこで鳴き始め、蝉が気づいたように鳴くのを止めた。
「縄を絶対に切るなよ」
師匠はそれだけ言ってテントに入り込み、
勝手に俺の荷物からランプを取り出して点け、缶詰を開け、水を飲み始めた。
説教をする気にもならなかった。
40 :闇の中 3/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:30:49 ID:RNXuQ3vQ0
夜が更けた。
虫の声が依然として聞こえていた。人や動物の気配のまるでない夜だった。
山の中の夜なんてそんなものなのかもしれない。山の中に俺と師匠しかいないみたいだ。
師匠がおもむろに起き上がって持参の蝋燭に火を灯し、
ランプを消した。
「やるぞ」
「だから何をしに来てるんですか。ちょっとは教えてくれたっていいじゃないですか」
「この石」
師匠は左の手でリュックから取り出した石を示した。
そしてそれを床に置くと、のみをど真ん中に当て
金づちを思い切りそののみの尻に叩き付けた。
石は見事に真っ二つに割れてしまった。
師匠はゆらめく蝋燭の明かりの中で、口元だけでにやりと笑い
「この石、御神体なんだ」
と言った。
「は?」
「ふもとにある祠から取ってきた」
「何でそんなことするんですかっ」
その時蝋燭の明かりがふっと消えた。
「お前が暴れるから消えちまった。それとも来たのかな」
「え」
真っ暗だった。ランプを点けようと思った。
懐中電灯だって持って来ていた。
「ひひひひひ」
「師匠?」
「入ってくるのか?」
41 :闇の中 4/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:31:52 ID:RNXuQ3vQ0
ほんとうのほんとうの暗闇だ。ものの輪郭すらわからない。
自分の体さえどこからどこまでなのか。そして
ここにいるのは本当に師匠なんだろうか
「ひひひひひひ」
一気に汗が噴き出した。明かりを点けなくちゃ。
「来い、来い来い来い」
師匠の声は低い声で繰り返し呟いていた。
何を呼んでいるんだ
「来い来い来い来い」
知らないうちに俺の息が弾んでいた。呼吸がうまくできない。
汗がつうと頬を流れ、あごから滴り落ちていく。
何も来てなんかいない。師匠はきっとまた俺を
妙な実験に付き合せて錯覚とかなんとかを体験させようとしてるんだ。
何も来てなんかいない
手が触れているものが一体懐中電灯なのか、
ライターなのか財布なのか、全く見当もつかなかった。
自分が何に触れているのかわからない。
「来い」
背筋がぞっとした。
師匠がごくりとつばを飲む音が聞こえた。
うそなんでしょう。師匠。いつもみたいに
「特殊な環境による感覚の変化」とかなんとか言って
俺をやりこめるつもりなんでしょう
「来いよ。来いッ」
「師匠!もうやめてください!」
42 :闇の中 5/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:32:40 ID:RNXuQ3vQ0
師匠が
テントの中のいきものが動く気配がした。
テントの入り口のファスナーが開かれる音
冷たい、ぞっとするような山の風がテントに流れ込んでくる
でもその開いているはずのファスナーの向こう側にも
同じ密度の闇がある。境目がわからない。生き物が外に飛び出す
「師匠!」
「さあ!姿を見せてみろよ!」
外の空気を浴びてふとあれだけ鳴いていた虫の声が聞こえないことに気がついた。
ざわざわざわ
風の音だけが聞こえる
ざわざわざわざわざわ
まるで風に取り囲まれてしまったみたいだ
「来る」
正面の暗闇から師匠の声が聞こえた
何が。何が来るって言うんだ
ざわざわざわざわざわ
ざざざざざざざざざざざざ
近づいて来ている
「ひひひひひひひひひい」
ぅぅぅうぅぅうぅううううぅぉぉおぉおおぉおおおおぉおおおおん
ぅうぅうぅううううううぅぅぅぅぅぅううぉおおぉおおおおおおおおおぉおぉん
「うわあっ」
何も見えなかった。
43 :闇の中 6/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:33:25 ID:RNXuQ3vQ0
遠くから「音」がやってきて、風のような圧迫感と共に通り抜けていった。
目をつぶったその一瞬、長い白髪のしわがれた男か女かもわからないひとが
口を大きく開けて絶叫している映像が頭に浮かんだ。
その「風のようなもの」が通り抜けてしまったとき、
俺は地面にへたりこんで暫く立ち上がることができなかった。
師匠は何事もなかったかのようにテントに潜り込むと
自分のライターでランプに明かりをつけ、
「あんなもんか」と一言だけ言ってすぐに寝てしまった。
呆れてものも言えなかったと言いたい所だったが、
俺は怖くて暑いのうざいのと言われながら頼み込んで師匠の寝袋に寄り添って寝た。
44 :闇の中 7/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:34:04 ID:RNXuQ3vQ0
朝起きると師匠が先に起きて縄を仕舞っていた。
「これは何だったんですか?」
「三途縄」
「何ですかそれ?」
師匠はめんどくさそうに顔をしかめたが、
「これだからモノを知らないやつは」と言ってから教えてくれた。
「マタギのまじないの一種で、魔除けの結界の一つだ。
黒不浄の紐を木に3重に張り巡らして呪文を唱えると
その紐の中には穢れたものは入ってこられないという」
「はあ」
「人がせっかく教えてやってるのに気のない返事をするんじゃないよ。
自分から聞いたくせに」
「まさかと思うんですけど、その『結界』を確認してみるために…」
「そうだよ。どうしたらそんなに都合よく『あちらさん』が
来てくれるか考えたんだ。こりゃ御神体でも割ってみるかと
でも普通に通り抜けていたな。これは駄目だ。
理想としては結界を境に対峙できる感じがいい」
45 :闇の中 8/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:34:35 ID:RNXuQ3vQ0
ひどい倦怠感にめまいを感じながら、
俺は一人でテントを畳んだ。
師匠は割ってしまった御神体の石を足で蹴って転がしていた。
石はやがて草むらに埋もれてどこにあるのかわからなくなった。
テントを畳もうと持ち上げると、クリーム色のタオルが挟まっていた。
見覚えがあった。
「師匠、これ師匠のでしょう」
師匠は黙ってタオルを受け取って無造作にリュックに入れた。
「なかなか来ないな」
46 :闇の中 9/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:36:36 ID:RNXuQ3vQ0
とても小さな声だったが、師匠は確かにそう言った。
「もし」
山道を息を切らせながら下っていると、
師匠はまるで大学の廊下でも歩いてるみたいに何でもなく歩きながら
俺に言った。
「もし俺が死んだら、すごい悪霊になって出る」
「はいはい」
その話は以前にも一度聞いたような気がする。鳩に喰われて無くなってしまう前に…
悪霊になって
「お前はそうなったらどうする」
「師匠が…化けて出てきたら…ですか?」
「どこかお前の知らないところで」
「へ?どういうことですか」
「だから俺が死んで、どこかお前の知らないところで
ものすごい悪霊になっていたら」
「う~~~ん」
「…もういいよ」
47 :闇の中 10/10 ◆XnSHXsXstA :2008/08/10(日) 01:37:37 ID:RNXuQ3vQ0
その話は結局それきりだった。
でも妙に印象に残っている。
俺は師匠が人を殺したのなら、
自分を祟りに来てほしいと思うと思う。
それは師匠の一連の無茶苦茶な行動にも繋がっている。
師匠は「祟ってほしがっていた」んじゃないかということだ。
師匠が誰かを殺したとして、師匠はその殺した相手が
自分を見つけるのをずっと待っていたんじゃないか。
俺が死んですごい悪霊になっていたらお前はどうする?
師匠が消えてしまった今、俺にはこの問いに答えることはできない。
ただ、師匠は待っていた。
師匠が殺してしまった人は、怨霊になってからでも
会いたい人だったんだろうな、と思う。
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