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BxZntdZHxQ氏 Archive

神隠し

886 :神隠し ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 02:07:07 ID:fhZKlaTz0

オタ友の松岡は京都の出身で、時々不思議な話を聞かせてくれる。
古い家の中の奇妙な現象、今でも晴明の逸話よろしく呪物が埋まっている場所、
深泥池の裏側に廻りこもうとすると、いつも雨が降り出して行かれない…、
ぱっと書き出してみても、そんなエピソードが思い出される。

そんな松岡がまだ小さかった頃、少し怖い事があったと言う。
真夏の夕方、一人川べりで遊んでいた松岡の所に、白っぽい着物の女性がやって来た。
女は白くてのっぺりした顔で、目が狐のように釣り上がっていた。
松岡は女に手を引かれて、バス通りへ歩いて行ったと言う。
通りへ出ると、松岡の良く知らない方角へと、女は歩を進める。
バス停より遠くへ行ってはいけないと言い聞かされていた松岡は、
急に怖くなって、その女の手を振り払って逃げたそうだ。

家に帰り着いて暫くは、女が追って来るような気がしてとても怖かった。
しかしやはり子供なので、一晩寝れば、怖かったことなどすっかり忘れてしまっていた。

だが実はその日、近所では松岡と同じ年頃の女の子が行方不明になっていた。

松岡が白い女に連れて行かれそうになってから3日後、
いなくなっていた女の子が見つかった。
少女は神社の境内、それも3日間、何度も探された場所にいた。

大きな石灯籠の、灯りを点すその空間に。
ぴったりと嵌め込まれた女の子は泣きもせず、ただぼんやりとそこにいたそうだ。

それだけ話した後、女と事件の関係は分からないが、もしも逃げ帰らなかったら、
そこにいたのは自分だったかもねぇ、と松岡は困ったような顔をした。

お前のじいちゃん

884 :お前のじいちゃん1/2 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 02:02:43 ID:fhZKlaTz0

俺の従弟の智宏は、天然と言うか、ちょっと空気を読まない男だ。
ガンオタでゲ-オタのヤツが、いつもの様に友達の家に遊びに行った時の話。

少し時間は早かったが、住宅街のど真ん中で、
真夏の陽射しの下時間を潰すような場所もないので、智宏はさっさと門をくぐった。
勝手知ったるなんとやらで庭を横切り、
インターホンのチャイムが鳴るか鳴らないかのうちに玄関の戸を開けた。

…ら、そこに白髪に白い顎鬚をたくわえた、立派な老人が立っていた。
こりゃまずいとさすがの智宏も頭を下げて、「あ、おじゃまします。」とだけ言った。
黙って睨み付ける老人の横を抜けて階段を駆け上がると、
上がってすぐの友達の部屋に飛び込んだ。

「なあなあ!お前のじいちゃんカッコイイな!」

885 :お前のじいちゃん2/2 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 02:04:53 ID:fhZKlaTz0

友達にとっての、その日のヤツの第一声はそれだった。
怪訝な顔をする友達に、玄関で会った老人のことを興奮気味に話す。
「ねえねえ、あの軍服本物!?」
そこまで言って、友達は初めて口を開いた。
「…うち、じいちゃん家にいないんだけど。」

言われてみれば、広い家には友達と兄弟しかいない。何か事情があるのだろう。
しかもじいちゃん、多分旧日本軍の、結構偉い人の格好(原文のまま)。

「軍服って言ったらあの人かなぁ……」
友達に連れられて、智宏は普段入った事のない仏間に通された。
「あの人?」
指差されて見ると、長押の上にずらりと並んだ古い写真の中に、さっきの老人がいた。
「俺も良く分からんけど、曾じいちゃんの兄弟かなんかだよ。」
もちろん、とっくの昔に亡くなっている。
そう言われて、智宏は初めてゾッとしたと言う。

何だか昔の映画みたいに色褪せた感じの人だったなぁと後になって思ったそうだが、
そんな事はその場で気付いて欲しい。
日本軍コスの生きたおじいちゃんがいる家って言うのも、それはそれで怖いけど。

いまはない

880 :いまはない1/4 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 01:53:14 ID:fhZKlaTz0

土地持ちの醜い女を娶った男がおりました。
この妻が事故で亡くなり、男は後妻を貰うのですが、これが次々と病に倒れ亡くなる。
ようやっと無事であった女が産んだ子は、最初に死んだ醜い女に生き写しでございました。
女の霊は子供の口を借り、男が自分を殺した事を明かします。
旅の途中の高名な僧侶が祈祷を致しまして女は成仏するのですが、
実は殺された女の父もまた、貰った後妻の醜い連れ子を殺しており…

と、こんな感じで、お坊様であったり霊能者であったり、
霊的なセンスを持つ知人であったりが種を明かしてくれる事ばかりであれば、
苦労はしないとは言わないが、自分の中で一応の決着がついたりはするのだろう。
しかし残念ながら、納得の行く説明が出来る経験があまりない。
不条理さがほんのり怖い、と言ってくれた人がいるが、
俺自身も、理屈の通らない訳の判らないモノに出会うと困る。煩わしい。
うっすらと、怖い。

呆気にとられて、どんな感情の引き出しを開けていいか判らない。
そんな事もある。
そんな、全く訳が判らないモノの話をしようかと思う。

ある埠頭にまだ見本市会場があった頃だ。
その頃姉の名義で同人誌即売会に出まくっていた従弟に付き合って、
俺も度々そこに出入りしていた。
後に俺の方がその関係の職についたのも妙な話だが、
兎に角当時はついて行って、今では子供に売ってくれない様な本を買ったりしていたのだ。

881 :いまはない2/4 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 01:56:05 ID:fhZKlaTz0

従弟のトモは子供の頃から、たまにおかしなモノを視る。
人の形をしたものだけなら俺も同じなのだが、これが全く意味不明な事を言う。
雷が鳴る前の空に雷獣がいる、地下鉄の換気口の上にドラゴンが留まっている。
この辺は子供の戯言、長じて厨二病、そんな気もする。オタクだし。
だが、夕暮れの電柱の下に半透明で不定形の何かが滞っているのが見えた、
この位になって来ると、何だかありそうな気がして来る。
だから俺はトモの話を、七割信じていた。
ファンタジックな何かは誇張でも、何かを視ているのは本当だと。

晴れた秋の日、のどかな午後。
有名な怪獣の名前で呼ばれていたドーム型の建物の中に、
会議机が規則正しく、入口がある壁面に並行な列になっている。
参加者は事前に料金を添えて申し込みをして、
この机の半分もしくは一本を販売ブースとして借りる訳だ。
俺達は窓がある壁面から3、4列ほど中に入り、列が角になる一つ手前にいた。
窓の方を向いている場所で、机の右半分だ。

昼過ぎにはそれなりにいた客も落ち着いて、2時を回る頃には通路を歩く人もまばら。
しかし引き上げるにはまだ早く、俺達はだらだらと時間を潰していた。

何となく会話が途切れて、俺は入口の方…左側を見るともなく見る。
左手に座っていたトモも、何故だかそっちを向いた。
隣のブースの人は、下を向いて熱心に本を読んでいる。
その向こうにはお客さんがいて、本を吟味しているようだ。

882 :いまはない3/4 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 01:58:29 ID:fhZKlaTz0

ぽーん。

唐突に、通路を白い箱が横切る。

『それ』は買い物をしている人の膝の向こうあたりから、突然現れた。
一辺が30センチ位の立方体で、画用紙か何かのような、少しざらついた質感に見える。
箱は緩やかな放物線を描いて飛び、下を向いている隣の人、
トモ、俺の前辺りを頂点にして、反対側の机の端、通路の角へ消えた。

俺が左から右へ追う間、隣のトモも同じ動きをしたのが分かった。
箱が見えなくなると同時に、俺達は顔を見合わせた。

「今、この位の箱が……」
「今の白いこんなの……」

二人が身振りで表した大きさは、殆ど一緒だった。
二人とも、ざらっとした白い箱が飛ぶのを見ていた。
俺は席を立って通路の角まで確認に行ったが、それらしい箱はない。
そもそも、誰かが箱を投げたり蹴ったりしたにしては、妙に滞空時間が長いのだ。
それに、箱の紙質がざらついていたと言うよりは、
何だか粒子の荒れたフィルムで映像を見ているような…そんな気がした。

徹夜明けでもないし、酒や薬は一切やっていない。
でも、俺達が見たのは幽霊でも怪物でもなく、白い箱。
怖くはないが、およそ怪しい話に違いはない。

883 :いまはない4/4 ◆BxZntdZHxQ :2008/10/13(月) 02:00:38 ID:fhZKlaTz0

オカ板に来てから、同じように白、
あるいは黒や灰色のこういうモノを見た話が、他にもある事を知った。
追随して、俺もこの一件を書き込んだりもした。
その事を最近トモに話したら、「そんなことあったねぇ」と笑った。
「東館ではその箱だけど、俺は新館の2階で鬼見たよ。2メートル位背があって、
人ごみから頭一つ出てた。あれ、怖かったなぁ……。」
は!?と聞き返すと、あれ、言わなかったっけぇと間延びした答えが返って来る。

見本市会場は取り壊され、今は商業施設になっている。
俺達の前を飛んだ箱や、トモが見た鬼などは、今となっては確認出来ない。
もしかしたら今でもその姿は見られるのかも知れないが、
怪異を読み解く力のない俺達には、一体なんだったのか分からずじまいだ。

あれが何か読み解ける人がいたら、その正体を教えて欲しい。

見える人

476 : ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:44:51 ID:GatzUoUy0

二つくらい前のスレの終盤で、身近の複数人の話を投下していいか相談した者です。
少々時間があいてしまい、現状と合致するか不安もありますが、
枯れ木も山のにぎわいということで、スレ汚しお許し下さい。

477 :見えない人1/2 ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:47:09 ID:GatzUoUy0

見える人と、見えない人がいる。
霊感の有る無しとか、そう言う事ではない。
「見られる」側の「何か」の話。
だから、見られる人と、見られない人がいる…そう表現するのが正しいかも知れない。

俺はこの間、久し振りに会った従妹からこんな話を聞いた。
彼女は母の妹の娘で、仮に美保と呼ぶ。
美保は彼女の父方の親戚の葬儀で、田舎に帰ったと言う。

かなりの地方のことではあるが、今では葬儀は家ではなく、斎場で行われる。
通夜の後、翌日まで線香を絶やさない為に、
斎場に数人が残って番をするのが通例だった。

斎場の宿泊室には、美保を含むいとこはとこ、合わせて5人ばかりが残った。

美保のいたフロアはエレベーターの正面がホールで、そこに祭壇がある。
左に手洗い、喫煙所があって、その向こうが階段。
右には葬儀の際の受付になるカウンターと簡易なクローク、
その裏側に精進落としの飲食が出来るスペースがあり、
向かいに給湯室と宿泊室、一番奥に非常階段があった。

親類の中でも比較的若い面子だった為、一同は定期的に棺の前を行き来する以外は、
寝むこともなく、雑談したり夜食を取ったり、和やかな時間を過ごしたと言う。
田舎を出てバラバラに就職したり進学したのだから、
全員が顔を合わせる機会は暫くなかった。話す事は沢山ある。

478 :見えない人2/2 ◆ BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:49:10 ID:GatzUoUy0

何度目かにホールへ行く為に宿泊室を出た時、視界の左端に誰かがいるのが見えた。
美保が振り返ってみると、給湯室の入口にかかった暖簾が、僅かに揺れている。
一緒に部屋を出たもう一人以外は、全員宿泊室にいたと思う。
それでもその時はさして気にも留めずにいたのだが、
手洗いに立つ度、建物の外の自動販売機に飲み物を買いに出た時、
喫煙所に行く時、また線香を替えに行く時、何度も、その度に。

朝までの長い時間、視界の隅に給湯室の入口が入る度に、
何者かの影がそこを出入りするのが見えていたと言う。

最初、美保は(小母さんかな…?)と、亡くなった人を思い浮かべたそうだ。
視界の隅に見える影は、小柄で少し太めな女性の様だったからだ。
しかし、どうやら違う。
知らない誰かの気配がしていた。
美保は何度かその姿を見定めようとしたが、
しっかりと視界に入れようとすると、影は霧散して見えなくなる。
俺にも経験があるが、視界の外れギリギリの部分でしか捉えられない何か、
そんな存在なのだろう。

夜が明けるまで、影は忙しく立ち働いていた様だ。
彼女は今夜もそこにいるのか、もうどこかに行ってしまったのか、
それは俺にも美保にも判らない。

479 :見える人見える人1/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:51:11 ID:GatzUoUy0

見える人と、見えない人がいる。
霊感の有る無しとか、そう言う事ではない。
「見られる」側の「何か」の話。
だから、見られる人と、見られない人がいる…そう表現するのが正しいかも知れない。

随分前に、母親の妹、つまり叔母の嫁ぎ先で、人寄せがあった。
一家が転居する前の家だから、10年から昔だ。
夜の9時を回ったくらいだろうか。
酒もつまみも切れて、買い出しに出ると言う話になった。
席上で唯一素面だった大人、要は下戸の俺が行く事になり、
案内にその家の娘の美保が付けられた。
大人、と言ったが、俺も美保も当時は学生。
コンビニも今程煩くなかったのかなぁ、と思う。

目的の店までは歩いて20分近い。
長い坂を延々と上り、右に大きな寺、左に馬を慰霊する碑がある。
石碑の方へ道を折れ、住宅街の中を抜けて幹線道路へ出るコースだ。
美保が言うには、途中にある祠の前を通ると毎回体調が悪くなるので、
この大回りのコースでしか行かれないと言う事だった。

家を出て、件の寺の門前の坂に差し掛かる。
美保は買い物メモに書かれた「6Pチーズ」がツボに入って、一人で延々笑っていた。
俺が何度「ロッピー」と言い直しても、
「ロクピー…」と呟いてはうひゃうひゃとエロい笑いを繰り返す。
馬鹿だ。思い出してみると、酔っ払っていたのかも知れない。
俺はすっかり面倒臭くなって、美保より3メートル先ばかり前をずかずかと歩いていた。

480 :見える人2/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:53:10 ID:GatzUoUy0

すると、ちょうど坂の中程あたり、
俺の5、6メートル先の民家の前に、人が立っているのが見えた。

ちょうど門の横に電柱があり、街灯がその人物を照らし出している。
門にも玄関にも灯りはなかったが、充分な光量がある。
閉じた門の前で、男性が背中を丸めて家の方を向いている。
50~60代のごく普通のおじさんで、髪は白髪混じり、茶色っぽいパンツに、
白いシャツ、ウォームグレーのニットベストを着ている。
昼間なら、住人が庭掃除のついでに門の前を掃いてる、そんな感じだ。

だが、今は夜だ。男性の手には箒もない。

上からの照明で影が落ちた、顔に重ねられた年齢は読み取れるが、表情は判然としない。
俺は何だか収まりの悪い感覚に襲われて、あまりじろじろ見ない様に目を逸らした。
一見マトモに見えるが、変質者だったりしたら厄介だ。こちらは女連れだ。
そうだ、美保は、美保はどうしている?

ととととと、と軽やかな足音がして、女の手が俺の右腕を掴んだ。
左側に徐々に近付いて来る例の男から離れる様に、美保がぐいぐい引っぱっていた。
「美保」
「前見て、でも走らないで。」
俺は訳も判らず美保に手を引かれて、坂を上り切った。

道を折れて幹線道路の灯りが見える頃、黙っていた美保が口を開いた。
「…ああいうの、あんまり見えてるって顔しない方がいいよ。」
え?と俺が聞き返すと、美保は呆れた様に言った。
「男の人、足元見なかったの?」

481 :見える人3/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:55:14 ID:GatzUoUy0

美保は髪型やら服装やら、男の姿形を説明した。それは確かに、俺が見た人物と同じだ。
しかし、美保は意味ありげに、男の足を見たかと言う。
確かに、俺は彼の靴を見た記憶がない。
足元を見ていないのだ。

買い物を済ませた帰り道、坂を下り始めると、男性はまだ坂の途中にいた。
俺は美保の話に懐疑的だったし、幽霊に足がないとか、あんまり信じていない。
従妹にぐいぐい引っぱられて道の端を歩きながら、俺はこっそり男の足元を見た。

足はあった。

裸足の足が、地面から離れて10センチ程上で、ぶらぶらと揺れている。

俺は最初に感じた収まりの悪さの正体に気付いて、美保の手をぎゅっと握り返した。
それで彼女も察したらしく、「ね?」と短く応えた。

坂を下り切って、俺はそっと振り返った。
坂の中程の家は見切れていて、男の所在は判らない。

街灯の灯りで、自然な影が付いていた。
肌の色も服の質感も、全て具に見ることが出来た。どう見ても、実在の人間だ。
だけど、生きた人間があんな風にぶら下がっている訳がない。

美保はその後も何度かそこを通ったそうだが、あれ以来その男の姿は見ていないと言う。
家に関係のある誰かだったのか、通りすがりだったのか、それは判らない。
しかし、あれだけハッキリと姿が見える事、それには何か思うところ、
意味があるのかも知れないなぁと、俺は今でも時々考える。

482 : ◆BxZntdZHxQ :2008/09/13(土) 23:57:46 ID:GatzUoUy0

以上です。

>>479でコピペをミスってますが、タイトルは「見える人」1個が正しいですι

いずれまたお邪魔したいと思いますm(_ _)m

帰宅

975 :帰宅1/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/07/18(金) 00:37:26 ID:DWlnez5f0

漫画家の仕事場と言ったら、どんな場所を想像するだろうか。
有名作家のドキュメンタリー、或いはドラマで見るような、
机と資料棚がずらりと並んだ立派な部屋だろうか?
実はそこそこ売れている人でも、普通に自宅でやっている事がままある。

俺がレギュラーで手伝っている先生の一人は未婚の女性で、東京郊外の実家住まいだ。
忙しい時は一ヶ月間以上アシスタント達が詰めている事もあるが、
仕事の量にムラがあり、人手がいらない時は何ヶ月も彼女一人でやっている事もある。
そんな訳で、仕事場を借りて毎月家賃を払うよりも、自宅でやる方が効率がいい。
月刊や隔月刊の掲載誌が多い女性向けの漫画の作家の場合、珍しい話ではない様だ。

先生(仮に長野さんと呼ぶ)の私室は、階段を上がり廊下を進んだ一番奥の部屋だ。
仕事中はそこが作業場で、階段を挟んで廊下の反対側の外れの和室を寝部屋にしている。

ある年の7月の今時分、俺は半月程長野さんの家にいた。
アシスタントは入れ替わりでヘルプが来ていたが、
常駐していたのは俺と戸塚さんと言うベテランの女性だった。
部屋に入ってすぐ右手にテーブルがあり、ドアの隣が戸塚さん、
その隣の窓際が俺、ヘルプの人がいる時は戸塚さんの向かいが定位置。
長野さんは部屋の奥、俺が背にしてる窓がある壁に向かって机があり、そこにいる。
仕事は〆切から大幅に押しており、事前に手配したヘルプは手が尽きていた。
レギュラー2人だけが、ずるずると延びる日程の中必死で作業をしていた。
月半ば。
俺は自分の同人誌の〆切を気にしてカレンダーを見た。
大行列の出来るエロ漫画とかを描いている訳ではないから威張れないが、
そこそこ俺を目当てに来てくれる人もいるので、全く何もないのは避けたい。
だが、普通の印刷所の〆切はそろそろだ。こりゃあ間に合わない。
正午を過ぎて、カーテンの隙間からは太陽が刺す様に照りつけている。

985 :帰宅2/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/07/18(金) 01:01:58 ID:DWlnez5f0

南西の外れにある長野さんの部屋は、夏の午後の暑さが本当に厳しい。
ドアも窓もカーテンさえきっちり閉めても、エアコンの効きが悪い。
色々な意味でげんなりしていると、階下で玄関の扉が開く音がした。

階段の正面が吹き抜けなので、玄関の閉開音は2階にもよく聞こえる。
平日の昼間だ、外出していた長野さんの母親が帰宅したのだろう。
足音がして、それは階段を昇り始めた。
めずらしいな、と思った。
仕事中は勿論、長野さんの家族は彼女の部屋には滅多に来ないらしい。
用事があっても電話で済ませる位だ。
だがまあ、物品の受け渡しを伴う様な用事であれば、来た方が早い。
俺はさして気にも留めず、原稿の方へ視線を戻した。

足音はゆっくりと、しかし比較的軽やかに階段を上がりきり、
右へ折れて真直ぐとこちらへ向かって来る。
そして、扉の前で止まる。明らかに家庭内の誰かの気配がした。
立て付けのよくない扉は軽く軋んで、それからすうっと半分くらい開く。
視界の隅でそれを確かめた俺は、何の気なしに訪問者の姿を見た。

いや、見られなかった。

誰もいない。呆気に取られる俺に気付いた戸塚さんが、俺の名前を呼んだ。
「…今、誰か来ましたよね?」
俺が訊ねると、戸塚さんは不思議そうな顔をした。
長野さんも首を振る。
玄関の開く音、閉じる音、靴を揃えて、階段を昇り、廊下を進む足音。
2人はそんな音は聞かなかったと言う。

986 :帰宅3/3 ◆BxZntdZHxQ :2008/07/18(金) 01:03:27 ID:DWlnez5f0

しかし現実にドアは開いている。
なんの違和感もない、そこにいるのが自然な人間の、濃密な気配。あれは?
俺があたふたしながら彼女達に説明していると、当の母親が長野さんを呼んだ。

数分後、長野さんが昼食を手に上がって来た。
娘が外出していたかと問うと、母親は朝からずっと家にいて、
朝洗濯物を干して以来庭にも出ていないと言ったらしい。
勿論、誰も家に入って来た者はいない。
不審がる母に、長野さんはたった今俺が見聞きした事を説明した。
すると、得心が行ったようにこう応えたと言う。
「ああ…それ、おじいちゃんだわ。」

カレンダーを見直す。7月13日。お盆の入りの日だった。
俺の住む辺りでは8月に盆の行事をするので、まるで失念していた。
長野さんの母方の実家がある地方では、7月が盆。
例年は帰郷し、墓地でお迎えをするのが常なのだが、
この時は予想外に仕事が押して、彼女と母親は東京に残っていたのだ。
ただ、彼女や家族の誰かしらがお盆に間に合わないのはけして珍しい事でなく、
そのような年にも彼女の祖父は家を訪れていたのか、そんな疑問が残った。
長野さんは、
「うーん、毎年来てたのに、誰も気が付いてなかったのかな?
今年はたまたま仕事が長引いて、ナオヤ君が居たから判った、なんて事……?」
と笑った。

家族の誰も気付かなくて、赤の他人の俺が気付いても…。
さぞやお祖父さんも驚いた事だろう。
今でも夏場に仕事をしていると、この話は語り草だ。
あれ以来、長野さんはお盆前には仕事を切り上げるようにしているけれど。

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